春待ち人


あの日から、もう何年も経ったね。
あなたはいつになったら帰ってくるのでしょう。私はずっとここで待っているから、ずっとずっと 待っているから・・・。


庭には、少し小さい桜の木があった。1年前から花を咲かせるようになった桜は、見栄えもあまり良くなくて、 お花見も出来たものじゃないけれど、里佳子にとっては特別な桜だった。この桜は、春人が植えた桜だから。
「これ、ここに植えていくからな」
そういって、庭を掘り返して桜の苗木を植えた春人。最初はその桜がどんな意味を持っているのか、 里佳子にはさっぱり分からなかったけれど。
(きっと、自分の代わりにしろとでも言いたかったんでしょ)
帰らない春人を想い、そう理解する。苗木を植えた次の日、春人は一通の手紙を置いて、外国へ旅立った。 世界の空を撮るために。
それから里佳子は、何年も春人の桜とともに過ごした。なかなか大きくならない桜。花をつけない桜。 春人の手紙には「桜が咲いたら帰って来る」と書かれていたのに、どうして咲いてくれないの?
「うそつき」
里佳子の口癖になった。縁側から桜を見ながら、どうしてもつぶやいてしまう。桜が悪いわけじゃないと 分かっていても、他にぶつけるところがなくて。
(もう、桜は咲いたのよ、ハル)
桜の木を見るたびに思う。葉書1枚よこさないハル。自分の夢のために、里佳子を置いていったハル。 守れない約束を残して消えてしまったハル。彼のことは、もう忘れよう。何年も待って、やっと花をつけた 去年の春にも戻ってこなかったんだから、もう二度とハルが自分の目の前に現れることはないんだから ・・・・・。

3月末、今年も桜はつぼみを付けた。去年よりも少し色の良いつぼみだった。きっと今年は、去年よりも 良い桜が咲く、きっと。
里佳子は小さなオルゴールを持って庭先に立っていた。このオルゴールは、春人が里佳子にたった1つ プレゼントしたものだ。小さなグランドピアノは、かわいくて切ない音色を奏でた。里佳子は、 このオルゴールが好きだった。里佳子が1番好きな曲を奏でるオルゴール。
(ハルが帰ってきたら、一緒に桜を見ながらオルゴールを聴こうって決めてたのにな)
里佳子は桜の木の下をスコップで掘った。何度も何度も土を掘り、何度も何度も息をついた。左手に小さな グランドピアノ、軍手の右手で土を掘る。あの時、春人がこの桜を植えたみたいに。
だんだん深い穴になった。二度と掘り起こせないように、凄く深い穴を掘ろう。もっと深く もっと深く・・・・。
そっと穴にオルゴールを置いた時、何かがピカッと光った気がした。スコップを持ったまま、ちらっと 後ろを振り返る。
「よう、リカコ。元気してたか?」
サングラスをかけて、やけに日焼けした男がカメラを片手に立っていた。
「・・・ハル!」
里佳子はスコップを放り投げ、走って春人に抱きついた。
「桜が咲いたら帰って来るって言ったじゃない! うそつきハル〜」
「え? 間に合っただろ? だってまだつぼみじゃない」
のんきに答えて、春人は里佳子の耳元に、そっと顔を近づけた。
「ただいま、リカコ」


「ほら、リカコ。早く早く」
「ちょっと待ってよ。焦らさないで」
「ほら早く。俺が代わりにやってやるから」
「あ〜! ちょっとハル、ねじれちゃったじゃないの! これだけはちゃんと押そうと思ってたのに〜」
「まぁまぁ、いいじゃない」
じゃれあう2人の前に、ちょっとねじれた判が押された書類があった。



                            END