赤子―アカコ―


「赤子、見て見て。斎藤君がいる。今日もかっこいいよ!」
「そうだね」
「斎藤君、こっち向かないかなぁ」
近頃のあたしは、隣のクラスの斎藤君に夢中だった。
斎藤君はサッカー部のエースで、大学もサッカーが強い所に行くって決まってるらしい。バカなあたしと、 友達の赤子は、県内の三流大学に進学が決まった。
「美歌、斎藤君に告白しないの?」
立入禁止の屋上で、はしゃぎながら斎藤君を見ていたあたしに、いつもクールな赤子が言った。
「お互い受験も済んでるんだし、そろそろ言ってもいい頃なんじゃない?」
あたしは赤子をちらっと見て、また視線を斎藤君に戻した。
最近赤子は、あたしにそればっかり言う。早く斎藤君に告白しろと。赤子は知らないのだ。 斎藤君に好きな人がいるっていうこと。それがあたしじゃないんだっていうことも。
あたしが脹れて何も答えないでいると、赤子は「ごめん」と言った。
これが、赤子。あたしが赤子の中で1番好きなところだ。すぐに人に謝れるって、凄いと思う。 あたしは意地っ張りだから、なかなか謝ることが出来ない。
あたしはちょっとツンとしながら、赤子に言った。
「別にいいけど。でも、最近赤子つまんないよ、そんなことばっか言ってさ」
赤子の方に身体ごと向くと、赤子は一瞬苦笑いをした。
「ごめん」
あたしは焦って、再びフェンスの方に身体を戻す。あたしは、赤子のこの笑いに弱い。 ちょっと眉を8の字にした、とてもきれいな笑み。赤子は、とてもきれいなんだ。スラっとしてて、 クールで、とてもきれい。心は、もっときれい。
「や、いいよ、そんな謝らなくても。でも、もうあんま言わないで。斎藤君、好きな人いるみたいだから」
「・・・だから、美歌は告白しないの?」
「え?」
あたしは驚いて赤子を見た。だって赤子、今までこんなに突っ込んで来ることなかったんだもん。 こういう時、いつもなら「そう」って、あの笑顔で言うんだ。
「だ、だって斎藤君が好きな人、すっごくかわいいって噂だし、卒業したらすぐ離れ離れよ。 それにホラ、あたし元々、かわいい恋愛できるタイプじゃないじゃん。赤子だって知ってるでしょ!?」
焦って答えるあたしに、赤子は例のごとく、クールに言った。
「でもそれは、逃げだよ」
「・・・逃げ?」
たとえ相手が赤子でも、さすがにカチンと来た。好きな人もいない赤子に、そんなこと言われたくなかった。 赤子は、1番の友達だけど、所詮他人なんだ。
「逃げって何よ! 赤子には、あたしの気持ちなんか分かんないよ!  フラれるの分かってて告白するのがどれだけ辛いか。好きな人もいない赤子には、絶対分かんない!!」
あたしは一気にまくし立てた。今まで我慢してたものを、全部吐き出すみたいに。
赤子を睨むと、赤子はまっすぐあたしを見て言った。
「いるよ、好きな人」
赤子に好きな人がいる?
まさか。そんな。
そんな話、今まで一度だって聞いたことなかった。
どうして話してくれなかったの?
あたしは、ここまでの話なんかどうでも良くなって、今まで赤子が話してくれなかったことが凄く 悔しくて、何とも言えない気持ちになってしまった。自然に、俯き加減になる。
「な、何よそれ。あたしは赤子に話してたのに、自分は内緒にしてたんだ」
赤子は、あたしを観察するかのように充分な間をあけて、ポツリと言った。
「美歌」
「・・・・・・」
ふっと息を吐くように、でも芯の通った声で続ける。
「好きだよ、美歌」
「な、こんな時まで冗談――」
いつもの冗談だと思ったのに。
顔を上げると、とても淋しそうに笑う赤子がいた。
「赤・・・子?」
赤子はゆっくりとあたしの方に近づき、肩にポンと手を置くと「バイバイ、美歌」と言った。 あたしの横をすり抜けて、ドアの方へ歩いて行く。ショートの髪が、小さく揺れた。
「赤子!」
はっとしてあたしが振り向いた時には、すでに赤子はいなかった。


「こまっちゃんっ!」
「コラ、岡田! 先生と呼べっていつも言ってるだろう!! ノックも忘れてるぞ!」
あたしは、赤子とあたしの担任がいる、国語教官室に駆け込んだ。担任は小松という28歳で、 なかなかの人気者だ。
「こまっちゃん、赤子がどっか行っちゃった!」
「アカコ? お前が飼ってる猫か?」
こまっちゃんは、いかにも「はぁ?」という顔で言った。
「もう、何言ってんの!? 赤子はうちのクラスだよ! いつもあたしと一緒にいたじゃん!!」
「ん? 赤子なんて変わった名前の女子、うちのクラスにいたか?」
「いたよ! 何言ってんの!?」
こまっちゃんは、30秒あまり考えると、赤子の名字をきいた。
「え、名字? 名字は、あ――」
「あ、何だって?」
あたし、赤子の名字、知らない・・・?
頭がこんがらがった。何にも出て来ない。赤子の名字。
「・・・分かんない・・・」
あたしは「今日早退する!」と言うと、こまっちゃんの言葉を振り切って、職員室から飛び出した。
赤子にもう一度、絶対に会いたいから。


「すいません、ここに卒業アルバムっておいてありますか?」
鞄を教室に取りに行ったその足で、あたしは校内の図書館に寄った。もしかしから、 赤子は死んだ卒業生の幽霊じゃないかと思ったのだ。ほら、よくあるじゃない、学校の七不思議。 っていうか、怪談? 未練を残したまま死んだ、女子高生。
「これ、借してください」
あたしは、出してもらった5年分のアルバムを無理やり鞄に押し込み、家路を急いだ。


「・・・・・・ない」
5年分の卒業アルバムに、「赤子」という名前の生徒はいなかった。何回見ても、似た人すらいなかった。
あたしは勘が外れた事と、一気に気が抜けたのとで、大きなため息を付き寝転んだ。
とりあえず、「赤子幽霊説」は消えると思う。 まぁ、うちは数年前に出来た新設校だし、幽霊がいるって考えること自体、最初から間違っていたんだ。
同時に、赤子を探す手がかりがなくなってしまった。赤子が一瞬にして屋上からいなくなったことは、 どう証明したらいいのか。赤子は宇宙人で、私は記憶を操られていた?  それとも赤子はエスパーで、一瞬にして屋上から立ち去り、こまっちゃんを一時的に思い通りに動かした??  たぶん、どっちも外れている。
「赤子、あたしたち、ずっと一緒にいたんだよね? なのにどうして・・・こまっちゃんまで赤子のこと知らない って――クラス写真!」
あたしは今年のクラス写真を見ていないことに気が付いた。クラス写真には、赤子が写っているはずだ。 あたしたちは同じクラスなんだから。赤子がこの世に存在しない人物だなんて、そんなことあってたまるか!
写真写りが気に入らなくて、アルバムに貼らずに机の引き出しに入れておいた写真を引っ張り出し、 あたしは赤子を探した。赤子、赤子、もし赤子がここに写っていなかったら、本当に探すアテがない。
「え、これ、赤子・・・?」
写真には、赤子によく似た女の子が、小さな丸の中に写っていた。それは、あたしが知っている 赤子とは全然違って、顔色が悪く髪も長くて、とてもとても赤子には見えなかった。


「赤松実可子」
あたしは、病室の名札を読むと、小さくノックをして部屋に入った。そこには、写真と同じ、赤子がいた。
あの後、学校に戻ってこまっちゃんを問い詰めた。赤子は、昔から体が弱く、入退院を繰り返していた らしく、今も学校に来れずに入院しているんだって。
「赤子」
出席日数が足りなくて同級生たちと一緒に卒業出来なかった赤子は、あたしと同じクラスになったけれど、 1学期の始業式しか出られず、そのまま寝たきりだったらしい。
始業式の日、遅刻しかけたあたしは、学校からあまり遠くないところでしゃがみ込んでいる 女の子を見つけた。同じ制服だったから、あたしはその子をおぶって学校に向かった。 その女の子が、赤子。
赤子は「美歌ならきっと、見つけてくれると思ってた」と言った。あの告白は、赤子からのSOS だったのかもしれない。
「赤子、ほんとは実可子って言うんじゃん」
あたしは照れ隠しのために、ちょっと口を尖らせて言った。赤子は、あの笑顔で笑いながら答える。
「だってそれじゃ、美歌とかぶっちゃう」
「赤子とだったら別にいいのに」
あたしたちは、顔を見合わせて笑った。

あたしは、かけがえのない友達を手に入れた。



                            END